【分析】米エンターテイメント界の黒人スター枠についての考察

スターの枠は最初から決められている?

今まで新旧のアメリカの映画やドラマ、ポピュラーミュージック等、エンターテイメントに触れてきて、あくまでも感覚的なのですが、スターの枠の数が最初から定められているのではないか?と思うことがあります。 

まあ日本で言えば、『文化人枠』、とか『ハーフタレント枠』といった枠でしょうか?

歴代のハリウッドスターの例

ハリウッド映画界を見ていても、マリリン・モンロー系の『グラマーブロンド女優枠』、エリザベス・テイラー系『ブルネット女優枠』、サンドラ・ディー系『ティーン向けアイドル枠』、グレース・ケリー系『金髪クールビューティ枠』、ドリス・デイ系『となりの女の子枠』、ジェニファー・ロペスなどの『(ヒスパニック系向け)ラテン枠』などが存在し、映画会社は意図的にその時代や条件に合った女優を売り出していたことは確かです。 『良いものだから売る』より、『その時売りたいものを売る』のは今も昔も変わらないということですね。

 

 『グラマーブロンド枠』を例にとると、50年代を代表するブロンド女優、マリリン・モンローが出現する前の世代、40年代には、ラナ・ターナー、メイ・ウエストがいました。その後、70年代=ファラ・フォーセット、80年代=マドンナ(?)、90年代=キム・ベイシンガー、ミシェル・フェイファー、と首を挿げ替える形でその枠は存在してきたように感じます。 

時代が生み出すスターは作為的?

ポピュラーミュージック界でも、様々な枠が存在していたと思われますが、ざっくりと白人枠、つまり白人がスターになれる確率の方がマーケティング的に見ても高かったのだと思います。それは映画『ドリームガールズ』を観ていても分かります。当時、経済的にも人口的にもメジャー層であった白人に受ける歌や歌手にレコード会社も投資を惜しまなかったのです。ブラックミュージックの殿堂であるモータウンレーベルですらその流れに同調したくらいです。

 

 映画『バックコーラスの歌姫たち』では、60年代、ミック・ジャガーに選ばれてレコーディングで共演するくらい才能にあふれた黒人女性歌手が、「二人目のアレサ(フランクリン)は要らない」と言う理由で、念願のソロデビューの後間もなく、あっさりレコード契約を打ち切られたエピソードが衝撃的でした。

黒人スター枠は白人スター枠より少なかった?

当時、マーケティング的には黒人スター枠はまだまだ少なかったとすると、熾烈な椅子取りゲームのように、黒人歌手達の方が座れる椅子の数が圧倒的に少なかったのではないかと思うのです。 もっと平たく言えば、『ちょっと巧い白人歌手でもスターになれるところを、黒人歌手の場合、とんでもなく個性的で巧くなければスターになれなかった』のではないかと。

 

だとすると、私達が何の気なしに聴いている当時有名だった黒人歌手達が、いかに選りすぐりであったか、という考えに達するのです。圧倒的な歌が巧く、かつ白人層の嗜好にも合った黒人スター歌手。ナット・キング・コール、エラ・フィッツジェラルド、サミー・デイヴィス・ジュニア、ダイアナ・ロス、アレサ・フランクリン、スティーヴィー・ワンダー、そしてマイケル・ジャクソン等が思い浮かびます。

 

白人、黒人どちらの歌のクオリティが高いのか、などとという議論は不毛だと思いますが、黒人歌手がピンでスターになるためには私達日本人の想像を軽く超える困難があったのではないかと推測されます。