【ジャズボーカルちょっとトーク】70年代のジャズスタンダード曲

ご無沙汰しております、鈴木智香子です。
最後にブログを書いたのはいつの日か…あれから特に何かについて考察してわざわざ文章するネタもなく、ぼーっと毎日を過ごしてました。つまり今までの文章にしたものは単に頭の中でぐるぐる絡まっていた思考をアウトプットしてたんですね。で、いったんスッキリしてカラッポになったみたいです。

さて、ここでまた日々のレッスンでお話させていただいている事で、文章としてまとめておきたいものが出て参りましたので、この場を借りて記してみたいと思います。


70年代以降の曲を歌う。

『70年代のジャズスタンダード曲』って少し『?』な感じがしませんか?

ジャズスタンダードって、1920年代~1950年代、1960年代くらいの曲でしょう?

楽譜の隅に小さく作詞・作曲者とリリース年が書いてあるのを見落とさなければ、そんな認識が圧倒的に多いんだと思います。

 

タイトルを決めた時点で私自身もちょっと後悔してますが、正確に表現するならば『70年代に作詞作曲されヒットしたポップス曲が、ジャズミュージシャンによってジャズのスタイルで演奏されるようになったもの』と言うことでお話をさせていただきたいと思います。

 

私よりもひと世代、ふた世代上の先輩ミュージシャンにとっては『青春時代のリアルタイムミュージック』なんですね。どんな曲があると思いますか?代表的な曲を上げてみましょう。

いかがでしょう?どちらも70年代を代表する名曲であるだけでなく、実際ジャズ・リアル・ブック等のジャズスタンダード曲集に既に収録されて久しいのです。

つまりこれらの曲は、ジャズミュージシャンやヴォーカリストよって取り上げられ演奏されるようになった、ある時期から『ジャズスタンダード曲』認定がされた曲なのですね。

 

本当のことをぶっちゃけると、皆なんとなく素材的に面白そうだから今流行り(当時のね)のポップスをジャズのスタイルで演奏してたら、他のミュージシャン達も別のアイディアで演奏し始めて、気が付いたらヴァージョンが増えててジャズスタンダードになってた、みたいな自然発生的な感じなんだと思います。

下のジャズアレンジが施されたヴァージョンも聴き比べてみて下さい。

おおお~、ジャズだぁー。

ジャズスタンダード曲として認定されるようになるには様々な要因がありますが、ジャズミュージシャンの視点で、メロディーやコード進行が既にジャズ的に見て面白いこと、素材はジャズじゃなくてもジャズ的要素をプラスしたら面白くなりそうな余地が感じられること、アレンジやアドリブの可能性が広がりそうなこと、などが考えられます。

つまりジャズミュージシャンの好物の要素がその曲に含まれているかどうか、というところでしょうかね。でも、思い返してみれば、これより昔のポピュラーミュージックもそうやってジャズスタンダードになっていったのでした。


70年代の曲をレッスンする時にまずお伝えすること。

今まで20年代~50年代に作詞・作曲された曲を中心にレパートリーを増やしてきた生徒さんも、70年代以降の曲を改めて聴いてみると、今までと『タイプが違う』と感じるようです。

 

確かにこの60年代後半~70年代初頭は、今までの時代になかった新しい価値観が生まれた時代で、勿論音楽の分野にも大きな影響を及ぼしました。中には『(むしろ)音楽が世界を変えた』と言って憚らない人もいるくらいです。

それではこの間に世界でどんなことが起き、何が終わり、何が始まったのか?その結果どう変わったのか?をお話するとスペース的にとんでもないことになりますので書きませんが、まず言える事は、音楽の分野ではジャズがメインストリームだった時代はとっくに過ぎ、若者に刺激的にアピールするロックやポップスが成熟期に差し掛かり、黄金時代を迎えていました。ウッドストック!ロケンロォー!

その世界的ムーブメントは、アートやファッション、人々(特に若者達)の生活様式、ものの考え方にも影響を及ぼすようになっていった、という時代背景を曲の理解を深める為に、何となく踏まえておいていただきたいのです。

絶対的な価値観を疑い、覆すムーブメント。

一番それが顕著だったのが60年代中後半から70年代初めだと思います。丁度、時代は公民権運動やベトナム戦争、反戦運動の真っただ中ですね。まあざっくり言えば、今まで弱者やマイノリティと言われていた女性や黒人が公に声を上げたり、世界に誇る軍事力を保有していたアメリカ合衆国軍がベトナム軍に苦戦を強いられ、ついには敗北した時代です。歴史の話は好きですが、詳しくは専門家に委ねるとします。

 

その時音楽の分野でも何が起こったかと言えば、既成概念を覆すようなムーブメントがいくつも起きました。それは具体的にどんなものだったのか?今となっては当たり前すぎてピンと来ないと思いますが、上記の時代を代表する2曲を例に挙げてお話してみたいと思います。


シンガーソングライターにスポットライトが当たる。

『既成概念を覆す』

まず、音楽の新時代を象徴しているのがシンガーソングライターの存在だと思います。

自らが曲を作り、それを歌う。今では当たり前のことですね。もちろん前時代にも存在はしていましたが、皆揃いも揃って歌が超巧く、弾き語りの姿が洗練されていてステージ映えし、間違ってもピアノの陰に隠れて歌うタイプではありませんでした。例えばメル・トーメやマット・デニスのようなタイプですかね。逆に言えば、そうでなければ受け入れられない時代があったのですね。そういう意味では草分け的なボブ・ディランの存在を避けて通るわけにはいきませんが、ここでは割愛します。

 

そもそも、今までの音楽業界は『分業』が基本でした。曲を作る人、ステージで歌う人はキッチリ分けられており『餅は餅屋』が当たり前だったのです。しかしボブ・ディランの出現あたりから『(いわゆる典型的な)歌手ではない人が、自作の曲をステージで歌う』時代が到来したのですね。

『歌手』っぽくない歌声、『歌手』っぽくない出で立ち、『歌手』っぽくないステージ…当時の時代の映像を観てみるとその様子が分かります。そしてそのスタイルは今の時代にもしっかり息づいてるのは観ての通りですね。

リアルな女性の視点で歌を作る。

キャロル・キングの『イッツ・トゥー・レイト』が時代を象徴する理由の一つとして『リアルな女性の視点』が支持されたこと、があります。

 

『ベッドの上で無為に時間を過ごす』生々しい場面から『もう私達って終わりっぽいね』『でも(私が)あなたを愛せて良かったわ』等、女の方が男との切り際を見定め主導的に淡々と別れをほのめかす歌は当時としては画期的だったと思います。

 

従来のスタンダード曲の中では、男性の作詞家が女性の立場で詞を付けた曲は沢山見たことがありますが、受け身的な健気さや可愛らしさを狙ったものが殆どで、これほど女性の感覚を優先させた歌詞は殆どお目に掛かったことがありません。

 

また、これが後々の日本の音楽シーンにも伝播し、多くの才能あふれる女性シンガーソングライター達の誕生を促したのは言うまでもありませんね。

歌詞が定型『詩』から自由な『散文(ノベル、エッセイ)』へ。

60年代に入ったあたりから、既に映画やミュージカルの制作は下火となり、劇中の10曲以上もある挿入歌の中の一曲ではなく、ビジネス的にも単体での売り出し、つまり1曲でその世界観を表わしたものをレコード化しヒットを狙うような曲を作るようになってきていました。

 

つまり、従来の作詞者が用いていた定型の詩の枠組みでは曲の世界観は描ききれななくなってきたのです。そこで『散文』的表現法を用いることで、1曲の中に微妙な感情の移ろいやリアルな表現を盛り込むことがより可能になったのです。

 

散文的な歌詞は感覚的・口語体が中心で勢いがあり、臨場感や生々しさを生んでいます(でも言葉に韻を踏むことは忘れていない、歌だからね)。そして定型の枠外なので歌詞の情報量が多い。生徒の皆さんが戸惑うのは、この『整然としてない』感かもしれません。

 

更に、上の2曲に共通する点としては曲の内容に決着点がない、つまりハッピーエンドなどの『オチがない』のが興味深いところです。歌の中の人物は今までも、そして多分これからも別れのタイミングを逸して、不満を抱えたままダラダラと単調な毎日を過ごしたり、もしくはまた同じような出会いと別れを繰り返すのです。今までこんな話題をわざわざ歌にしたことがあったでしょうか?しかしこの後味の悪さこそ、私達が実際の人生で味わっている『リアル』なんですね。

それはメロディー全体の気だるいローテンションさ?にもしっかり表現されています。

 

こんな要素が、曲中のストーリーの起承転結をハッキリさせている従来のスタンダード曲の形式と一線を画しているところだと思います。こんな部分からも『既成概念を覆え』しているのが分かりますね。

弱者、敗者、孤独、と言った時代の闇が歌のテーマになる。

とにかくアメリカに関する何を見ても聴いても、『マッチョイズム』『物質的成功』『権力』を追求することが全米男性の理想像であるということは、今も昔も間違いないと思います。しかし、その真逆にいる弱い自分をさらけ出したのがレオン・ラッセルの作品です。世の中は勝者ばかりではない、というリアルを歌に表現し、時代を超えて共感を得たのだと思います。

 

この曲『ディス・マスカレード』を例にとってみても『もう既に愛情は冷めているのに、お互いがお互いの心境を悟られないよう、相手を傷つけないように言葉を選び、別れの決定打を打たないようはぐらかしながら毎日を過ごしている。二人とも不毛で孤独なゲームに興じている。まるで仮面舞踏会で迷子になったようだ。』という、男としては相当情けない内容の歌ですね。

 

レオン・ラッセルはオクラホマ州出身。スタインベックの小説『怒りの葡萄』にある通り、オクラホマ州出身者は1930年代、農地を襲った大旱魃(ダスト・ボウル)の影響で土地を追われた悲しい歴史を持っています。因みに『Okies(オウキーズ)』はオクラホマから他州へ移住してきた人に対する蔑称です。

 

レオン・ラッセルは土地を追われた当事者ではありませんが、彼の歌にはその生まれ育った土地の気質が浸み込んだような孤独感、悲壮感や敗北感が常に付きまとっているように思います。(ジャズトランペッターのチェット・ベイカーもオクラホマ出身者ですが、作風に共通点を感じるのは、私だけかな?)


1970年辺りは、そんな時代に作られた(当時の)新しいタイプの曲だ、ということを念頭に置いて曲と向き合ってくれると更に理解が深まり、歌うのが面白くなると思います。

2020年4月27日 鈴木智香子 拝